デヴィッドサンボーン氏、伊東たけし氏も使用しているハンドメイドマウスピース
Saxz & David Sanborn。世界の頂点に君臨するアルト・サックス奏者デヴィッド・サンボーン氏とともにマウスピース開発に携わり、T- SQUAREの伊東たけし氏のマウスピースも制作する日本が世界に誇るマウスピース職人 Mitsu Watanabe氏。
SAXZ INC.のディレクターである氏にインタビューを試みた。
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どのようなきっかけでデヴィッド・サンボーン氏のマウスピースを作ることになったのですか?
2008年の暮れに東京の「BlueNote」でスターリングシルバー製の当社「STUDIO」(現行EMPIRE/エンパイヤ) モデルをサンボーンさんに差し上げたのがそもそものきっかけでした。当社のマウスピースを大変気に入ってくれて、早速翌日に電話があり「 マウスピースの計測道具をもって明日楽屋に来てくれないか」というので伺いました。
そこから開発がはじまったのですか。
そうですね、デヴィッド自身が使用するという意味においては、その通りです。デヴィッドは最初から「STUDIO」モデルは自分の理想に近い」 と言っていたのですが、自分が使用しているマウスピースを私に手渡して「同じようなスペックで制作してほしい」と追加のリクエストをしてきました。
伊東たけし氏が2009年に「ジャズライフ」別冊「ジャズホーン」で、サンボーン氏が自分のマウスピースをマウスピース職人であるMitsuさんに預けたのは、ジョン・パーセル以来じゃないかと語っていました。
ジョン・パーセル氏は1990年代初頭からデヴィッドが使用する楽器のメンテナンスを行っていたテクニシャンです。デビッドは基本的に自分のマウスピースは他人に絶対触らせないので、預かるときに大変緊張しました。
サンボーン氏の現在のセットは、セルマー・マーク6+ヴァンドレン・リード+SAXZ・デヴィッド・サンボーン・モデルです。楽器のメンテナンスはここ7、8年、ニューヨークのリペアマン、ビル・シンガー氏に変わったようですが、マウスピースにおいて開発で苦労した点は?
デヴィッド自身のリクエストが相当細かいので、ビルと同様に私も苦労しています。国内外のマウスピースメーカーの多くが、ニューヨークのデビッド・サンボーンに自社サンプルを送って「当社の製品を使ってほしい」とアピールしている中で、当社に声をかけていただいたので、こちらも真剣に取り組みました。デヴィッドと一緒に約3年半という長期間をかけ、開発費も惜しみませんでしたし新技術も投入しました。故中村良夫氏が率いたホンダF-1チームを、創業者の本田宗一郎氏は“走る実験室”と称しましたが、まさに当社自体がデヴィッ ドのための”サウンド実験室”でした。
もともとは「STUDIO」モデルが出発点になり、その後「DAVID SANBORN」モデルと「EMPIRE」モデルに分岐した訳ですか?
基本となる形状は「STUDIO」から「DAVID SANBORN」モデルに受け継がれています。
「EMPIRE/エンパイヤ」モデルは「DAVID
SANBORN」モデルから派生したニューモデルです。
「EMPIRE」の特徴は?
簡単に言ってしまえば、スタビリティ(安定性)を高めたモデルということになります。音質の良さはそのままに中域レンジのダイナミクスを向上させました。
ご自身はプレイヤーではないわけですから、サウンドチェックはどのように行っているのですか?
リリースする前には相当期間テストをしています。私自身はプレイヤーではありませんし、プレイヤーを目指したこともありません。クラリネットとサックスは吹きますので、サンボーン氏や伊東氏のフレーズを真似て、吹いては調整し吹いては調整することの繰り返しです。昔は、サンボーン氏のアンブシュアを真似すると15分くらいで唇をカットしてしまうので困りました。慣れると彼のアンブシュアは大変合理的です。
サンボーン氏のアンブシュアはそんなに合理的なんですか?
彼のアンブシュアは自身の言葉によりますと”クラシック・スタイル”ということです。彼は「大学でクラシックを学んだ」と言っていました。日本のクラシックの教え方と海外の教え方はかなり違うらしいので、読者の方にはうまく伝わらないと思いますが、彼のスタイルは、胃から喉まで直線的につなげて息圧をコントロールするというものです。全身を使い唇だけに力が入らないので、合理的ですね。
開発費用もずいぶんとかかりましたか?
ええ、かかりましたね。しかし、世界ナンバーワン性能のスターリングシルバー製マウスピースが完成しましたので、その点、よかったと思います。
各国のメーカーも相当売り込んでいたようですね。
結局、我々、SAXZの性能が一番高く、デヴィッドは使用機材の契約を当社と結びました。
彼にとっては楽器もマウスピースも含めて用品の契約は生涯初の出来事なんです。
昔サックスワークスにサンボーンモデルがあったらしいですけども。
デヴィッドがこれだけは日本の皆さんに言っておいてほしいと言うので公開しますが、
20年くらい前にサックスワークスというメーカーがサンボーンモデルを発売したことがあるのですが、デヴィッド曰く「友人たち(デヴィッドの楽器係でテクニシャンだったジョン・パーセル氏とシリコンバレーの技師でサックスが趣味だったジョエル・ハリソン氏)が私のためにマウスピースを作ってあげるというので一応喜んで作ってもらったのだけど、使ってみるぜんぜん良くなくて、何度も改良をお願いしているうちに、ハリソン氏の奥方が『費用が掛かりすぎる!』と怒りだして、それっきり中止になってしまったんだ。これが事の真相で、私は自分の名前が刻印されて販売されていたことさえも知らなかったし、実際には契約も結んでいない」とのことで、そのあたりの理由で200本程度で発売中止になってしまったようです。当社もこのマウスピースをストックしていますが、中域にデッドポイントがあるのでコントロール性能に難があるように個人的には思います。
スターリングシルバーの音質というのは具体的にはどんな音がするのでしょうか?
まずピッチが良い。そして音の響く残響時間が長いという特徴があります。音自体が大変美しいという演奏家の意見が圧倒的に多いですね。
メタルとHRは?
メタルは伝統的なハイバッフル・タイプですが、従来のものより圧倒的に吹き易く扱い易い。扱い易い上にフラジオもかなり上まで出ます。大変優れたマウスピースです。HRは吹奏楽などで親しんだHRタイプからR&Bを演奏するためにメタル・ハイバッフルに移行するプレイヤーや、簡単にフュージョンやロックを演奏したいというプレイヤーのために開発しました。
メーカーによって材質もさまざまですね。
同じ合成樹脂でも、現在では昔のように良質なエボナイトやスティールエボナイトが入手できませんので敢えてエボナイトは外して新しい素材を探しまし
た。採用したのは、数百種類の中から吟味して選択した合成樹脂です。エボナイトも合成樹脂ですが、我々が採用した化学合成素材は、エボナイトやスティール・エボナイトより数倍も高価です。日本製でもエボナイトは直径30ミリ×1000ミリ(1m)の棒で2000円~2500円くらいですから1個あたり約200~250円とコスト的には非常に安くて手頃ですが、性能重視ということで外したわけです。
群雄割拠の様相を呈していますが。
各メーカーがポリシーをもって自分たちが信じる方向で製品開発をすれば技術の向上になり、消費者に良い製品を供給できるはずなんです。海外ではメーカーが他メーカーの悪口を言うことはありません。イコールそれは自社製品に自信がないことになりますから。消費者が比べてみればわかることです。
開発過程でのエピソードをひとつ教えて下さい。
うーん、ひとつというと難しいですね(笑)。そうですね、2008年の暮れから始まって2009年初頭に酷い腰痛になりました。そのような状況の中でサンプルを携えてニューヨークに行ったのですが、サンプルを作っているときに腰痛で歩けなくなってしまったことが印象に残ります。
サンボーンさんのNYの自宅はいかがですか?
10年以上前、某音楽雑誌にデビッドの自宅が掲載されて、日本のファンが押しかけてきて大変だったという話を聞いているので、詳しくお話しでできないのが残念ですが、サックス奏者として世界の頂点にいるわけですから、雰囲気のいい素晴らしい邸宅に住んでいますよ。
いま現在、エンドースメント・プレイヤーは何名くらいいるのでしょうか。
スティーブ・ウイルカーソン、ロドニー・テイラー、デヴィッド・サンボーン、ピーター・オルテガ、デヴィッド・エドモント、ロッコ・ベントレラ、リック・パルマ、アンソニー・ロング、伊東たけし等です。
最後にSAXZの正確な読み方を教えてください。
基本的には自由なんですが、英語圏の方は”サックスジー”あるいは”サックスズィー”と呼ぶ方がほとんどですし、”サクゼト”と呼ばれることもあります。
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